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"Janji Joni"とIndonesian Indies(2)

2005. . 29
資料漁りしてたらこんなページ(http://www.amild.com/web/v3/05/news_detail.php?id=10600)が出てきました。"A-Mild Live Soundrenaline"。煙草会社サンプルナが主催する音楽イヴェントのオフィシャルサイトです。リンク先の記事には、ポップインドネシアの誕生から、今日のインディーズ隆盛に至るまでの流れが、簡潔に解りやすく書かれています。

折角ですので上記の記事も参考に続けてみたいと思います。

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90年代後半に勃興したインディーズシーン。その拠点となったのは西ジャワの学園都市バンドゥンでした。学生が多い故でしょう、柔軟且つ新しい情報を取り入れやすい土地柄なのかもしれません。既に70年代からハリー・ルスリやジャイアント・ステップといった、特異なミュージシャンを輩出したことでも知られています。
さて、学生達の間で圧倒的な人気のインディーズは やがてメジャーレーベルをも動かすに至ります。大手AQUARIUS MUSIKINDOは先にあげたSUCKERHEADPAS等のインディーズ系のバンドをメジャーデビューさせ、97年にはインディーズ専門レーベル「INDEPENDENT(POPS)」を立ち上げます。

リンク先にはこのINDEPENDENTからデヴューしたバンドが幾つかあがってますが、スカコアのTipe-Xは特に有名ですよね。私も流石に持ってました。・・・というかIndependent・RecordsがAquariusだって初めて知りましたわ。 しかし重鎮ハード・ロック・バンド、EDANEまで名前が挙がってるのはちょっと違うような気が(笑)。
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    pas-inno.jpg PAS "in(No)sensation" Aquarius APC AQM26-4
    Rage Against the Machine辺りに影響を受けたミクスチャー系バンド。インドネシアで言う「HIP METAL」ですね。地元バンドゥンでの圧倒的な人気がAquariusの目に留まりメジャーデヴュー。度肝抜くスラッピングで始まる1曲目なんぞ「むちゃくちゃイケテル!」・・・と思っていたら、サビでリズムがガタガタに(笑)。諸悪の根源はヴォーカリストのリズム感。折角カッコイイのに台無しになる瞬間が度々。音作りのセンスはかなり良く、演奏力もあるんですけど。全体的には決して悪くはないです。因みに殆ど英語の歌詞を歌うこのヴォーカリスト氏は日本語の先生だったりする。1995年の1st。今もメジャーで現役バリバリのバンドです。

    tipe-x-ska.jpg TIPE-X "Ska Phobia" Independent P9914
    1997年、件のAquariusのインディー専門サブレーベル、IndependentからデビューしたTipe-X。日本でもファンの人結構いるみたいですね。演奏も実にしっかりしていて悪くないです。ただ個人的にこの手の音には詳しくないのでちゃんとした評価はどうなんでしょ。スカシーン自体は日本のKemuriの公演がきっかけで発生といわれているようですね。

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こうしてインディーズはメインストリームの中でも特定の位置を占めるように なります。またメジャーバンドの中にはSLANKのように自らレーベルを興し インディーズ化するものも現れます(リンク先ではSLANKを最大のインディーバンドとしていますが、元来の活動スタンスと言い、さもありなんと言う感じ)。
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さて、こうした動きがメジャー/オーヴァーグラウンドで続いたかどうか、というのは前回も触れたように、ちょっと判りません。これは実体験としてないせいもあるのですが・・・。
やはり97~98年ごろの同国の状況を考えるとメジャーの大物ですらレコーディング中断を余儀なくされたりしたわけで、再びアングラ化していったと考えるのが妥当のように思います。
勿論アングラ化=活動鈍化と言うわけではありません。これもリンク先を 読んで判ったのですが、実際インドネシアにおけるインディーズ・ムーヴメントのピークは2000年初頭のバンドゥン、サパルア体育館(GOR Saparua)だったのだそうです。ここでは毎週のようにインドネシア各地のインディーバンドが出演していたそうで。出演料や機材費等は勿論バンド負担。で体育館の外ではインディー雑誌やアルバムが売られるなど相当の活況を呈していたようです。
つまり派手に表舞台に出ることはなくなったけれども、メジャーに絡めとられることの無い、本来のインディーズ潮流はしっかりと続いていた、と言うことですね。

・・・逆に言えば、ココを境に元気を失っていったと言えるかも。只一つ言えるのは、この時期盛り上がったインディーズシーンが確実に次世代に影響を与えていただろうと言う事。言わば次世代の揺籃期の始まりだったと考えることも可能でしょう。
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一方でメジャーにおける「インディーズ」の扱いはその後どうなったのか。 因みに手元に2001年~2002頃の「インディーズ」コンピのサンプルが幾つかありますが、音楽的には20年前のLCLRレベルだったり、明らかにレーベル/プロダクションの意向を反映せざるを得ないつくりだったり。これ等を聴いていていると、なんというか「インディーズ」という名称はそれなりに残ったものの、新人発掘の為の借り物じみた言葉に成り下がってしまった感もあります。あるいは特定の音楽傾向を指す為の用語というか。所謂「商業インディーズ」というか。・・・まあ日本でも同様な傾向は未だにあるようですが。

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    indie-go.jpgVarious Artist "Indie-GO"Pro-Sound20162- 3M4
    2001年にPro-SoundとI-Radioが催したバンドコンテストの優秀作のコンピ。イン ディーズと銘打たれているものの、単なる新人発掘? それにしては新しい感性など欠片も見当たらずマジで70 年代のLCLRじみた曲も入っている。確信犯でやっているのならまだしもねえ。因みにメジャーデヴュー希望のバ ンドについてはPro-Soundの意向を汲むよう強い圧力があったらしい。

    band-kreatif.jpgVarious Artist "VIII Band Kreatif"Mitra Sound
    中部ジャワ、チレボン~インドラマユ近辺のバンドが結集した恐らく2001年頃のコンピ。これまた時代がねじれた田舎臭いサウンドが充満。煮え切らないスローロックとか。・・・いやそういうのにノスタルジアを感じられる人は良いのだが、正直聴くのが辛い(笑)。内ジャケを見ると一応「INDIE」を銘打ってはいる。

    indieslapan.jpgVarious Artist "Indieslapan"Independent P9921
    KLa ProjectのKaton Bagaskaraの実弟で自身売れっ子でもあるNugieが手がけたインディーズ・コンピ。前述のAQUARIUS傘下INDEPENDENTから。ミュージシャン主導である為か、上記2本とは大幅に異なり、かなり粒は揃っている。ユニークさ、演奏スキルとも、メジャーでいけそうなバンドばかり。冒頭にNUGIE本人の曲も収められているが、他のバンドも全く遜色が無い。ただ当事のNugieのバンドALVがギターポップ的な要素を持ちつつ、コマーシャリズムとの葛藤からか、今ひとつ突き抜けられずに中途半端な存在で終始したのと同様、どのバンドも優等生的。上質ながらサプライズは無い。

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これ等3つのサンプルだけで判断するのはデンジャーラスかもしれませんが、個人的印象では外から見る限りそんな感じは拭えないと言うか。まあそんなんで2000年代初頭と言うのは表面的には停滞期だったのかもしれませんね。メジャーもぱっとしなか ったような気もするし。知らないだけかもしれませんが。

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さて、ココまで書いてみて、そもそも「インディーズ」って何?という定義付けもハッキリさせてないことを 思い出しました(大汗)。Wikiなどではこんな書かれ方をしてますが、寧ろミュージシャンのスタンスによる部分のほうが大きい気もします。一応ココでは敢えて曖昧に、大手のマーケティングセオリーに拠らず独力で活動している音楽家、としておきましょう。メジャーから作品を出していてもこれはある程度当てはまります。 逆に独立でやっていてもそうで無いケースも勿論あります。 というか、自分でかなり恣意的に分けている様な気もしますし。そこのところは個人BLOGなのでご容赦くださいな。・・・あるいは容赦なく指摘を下さっても結構です(笑)。


続く~。(12月31日大幅加筆しました)
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