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Kompas紙にMoonJune Records Leo Pavcovic氏の記事

2015. . 22
本日付インドネシアの有力日刊新聞KOMPASに米国ジャズロックレーベル、MoonJune Recordsの主幹、レオナルド・パヴコヴィッツ氏の記事が載ったので勢いで和訳。Moon June RecordsはSoft Machine LegacyやElton Dean等のソフツ関連、Alan HoldswothやArti e Mestieri等のレジェンドクラスのミュージシャンを抱え、更に近年の新人グループの音源リリースやミュージシャン同士のコラボレーションを精力的に促しており、殊インドネシアのシーンについても複数のミュージシャンの音源リリースや、2014年末のイヴェントJazz @Kota Tuaの公式サポートなど積極的に関与しています。
因みに99%くらい全訳、但し意訳は含みます。少々意味通じにくい箇所はご勘弁。 コピーライトで問題あったら消すかも。
***
Leonard Pavkovic - 才能のある音楽家の為に世界の運河を掘る

バルカンの地で生まれたレオナルド・パヴコヴィッツ(53)は良質な音楽について語る為に、すでに70カ国を巡り歩いた。 単なる個人的な嗜好、地方音楽の収集の為だけではなく、自ら設立したMoon June Recordを通じて良質な音楽家をより多くの人に届ける為に、彼は運河を掘る。そこにはその趣向に合ったインドネシアの作品郡もある。


断食明けの2時間前、レオナルドはちょっとしたパニックに陥っていた。東ジャワ、ラウン山の噴火の影響でバリ島のングラライ空港が閉鎖となり、ジョクジャカルタからのフライトはキャンセルされたことを初めて聞かされたためだ。 彼はジョクジャカルタでの一泊を余儀なくされた。 この事態に彼は少々落胆した。次の訪問地バリ島で親しいDewa Budjanaと仕事の話をしながらも、余暇を楽しむ予定が延びてしまったのである。
7月10日、レオナルドは北京からジャカルタ経由でジョグジャカルタに到着した。彼は親友でありMoon June ReocrdのパートナーでもあるArlo Henningsと合流、同日夕刻にバントゥルにあるテンビ文化会館で、国際市場でのマーケティングについて講演を行った。

レオナルドが音楽ビジネスに携わり始めたのは1990年からだ。彼が行ったのはミュージシャンのマネジメントと予約エージェント。即ちミュージシャンを「販売する」こと。 ここで言う「ミュージシャン」はある種のキーワードでもある。
レオナルドによれば「アーティスト」が必ずしも「ミュージシャン」であるとは限らないという。 彼が信用を勝ち得たのはプログレッシヴ・ロック/ジャズのグループ、Soft Machine Legacyのエージェントとしてのでの成功があってのものだ。 レオナルドにとっての「ミュージシャン」とは単に音楽を演奏する人達を意味するものではない。「ミュージシャンとは演奏時にアイデンティティーを示す事が出来る者であり、単ある精神探求に限定されない即興演奏をする勇気を持ち合わせた者だ。」と彼は言う。

6ヶ国語を話す彼は更にこう云う。「Dwiki Dharmawanは凄いピアニストだ。彼はむしろバンド以外での存在感が凄い。もちろんKrakatauも良いバンドだが、より多くの人と共演すべきだ。」

こうした考えに基づき、レオナルドはアーティストを選別し、アルバムを作成し世界へ向けて販売する。 1990年以来居を構えるニューヨークで、彼は2001年、自身のレーベル「Moon June Records」を発足させた。 そのレーベル名をソフトマシーンの3rdに収録された名曲の一つにインスパイヤされたMoon June Rcordsは既に76枚の作品をリリースしている。彼は何人の音楽家が作品群に関わったかはっきりとは憶えていないというが、内15作はインドネシアのミュージシャンによるものだ。

MoonJune Recordsからの作品は殆どがプログレッシヴ・ロック、サイケデリック・ロック、ジャズ、あるいはアヴァンギャルドの色合いを持つ。ブラジル/ポルトガル文学をイタリアのバーリ大学で学んだ彼はこう語る。 「単に自分が好きな作品を出しているだけ。自分が出した作品群はどれも”重く”感じるかも知れないけれど、他人の好みは自分にとっては重要ではないよ」 数々のミュージシャンと契約を交わした彼は自信に満ちている。「メディアからの批評は良いとか悪いか色々あるけど、たいした問題じゃない。良いといわれるバンドが居て、本人たちも真剣だからこそ、成功するんだ」

彼自身は「何枚売れたか」には然程関心がない。興味の無い音楽が100万枚売れるよりも、自分の好きな音楽が僅か100枚でも売れたことに満足する。

"インドネシアだから、ではない"
昨年MoonJune Recordsはジョグジャカルタ出身のバンド"I Know You well Miss Clara"のアルバム「Chapter-I」をリリースした。このバンドは同市の芸術学院でクラシックを勉強した33歳の若手ギタリストReza Ryanが率いている。 夕刻から夜にかけたわれわれとの会話の中でレオナルドはReza Ryanを何度も絶賛した。 「かれは僕にとってヒーローだね。最初に会いに来たとき彼は長ズボン2本とギター1本しか持っていなかった。そのギターすら壊れていてね。」Rezaは傍らで微笑む。やせっぽちでカーリーヘアのこの若者は、地元製の偽モノのテレキャスターで録った粗末な作品を、借り物のギターで見事にリファインさせた。リファインされたバンドの作品は「Chater One」と題され,Moonjune Recordsを通じて世界に向けて発売された。
Rezaはこう語る。「バンド結成当初、アルバムを作ることなんて考えもしなかった。でもレオ(ナルド)がいい曲だといってくれて、更に著名なプログレ評論家のSid Smithも褒めてくれて、真剣にアルバムを作ろうと考え始めたんだ」 ジャズ色の濃い彼の演奏は通常のジャズに比べより複雑だ。 こうした複雑な音楽こそレオナルドの探している音楽である。音楽とは別に、既に「詩」に関する本を2冊出版しているレオナルドは「どの国の出身」だとか「誰の音楽」ということは考えない。 「インドネシアだから、ではなくて非常に良い音楽だらRezaのバンドと契約したんだ。」
Simak DialogやLigro、Tohpati、そしてレオナルドがここ20年来で最良のギタリストとして賞賛するDewa Budjanaも同じ理由によるものだ。因みにBudjanaは2014年にNY録音の最新作Hasta Karmaが出たばかり。

Moon June Recordsからはインドネシア以外からも中国、インド、ブラジルなど数々の作品をリリースされている。 優れた才能は世界中に存在しており、それらを聞き、才能を見出す注意深い「耳」こそが必要とされるのだ、と彼は言う。 彼はまだまだ色々な地域の良質な音楽を楽しみたいと考えている。だからこそ彼は若いミュージシャンに音楽の震源地に近づくことを提案する。 既にインドネシアへの渡航が20回を超える彼は、ジャカルタは”変わった音楽”を演る人間にとっては最も強力な場所=震源地だと観ている。 「震源地の周囲にいれば、あなた方の音楽はより多くに人に聴かれることになるし、ジャカルタはすでに”震源地"としての環境はできあがっているよ」と語る。

レオナルドはインドネシアが「凄い音楽家」を生む場所として高い潜在力があることを確信しており、新しい音楽潮流を生み出す力もあるという。その背景として伝統音楽の流儀があり、また独自の色合いを持つポップス、例えばダンドゥットなどの存在をあげる。 「これらのユニークな特色は西洋学と混ぜるべきだと思う。言葉(自国語かどうか)は関係ないと思うよ」とレオナルドは語る。彼は例として60年代にポルトガル人が生みだし世界化したボザノヴァ、英国のジャマイカ移民によってレゲエから生まれたスカを挙げる。又1970年代にはインドのシタールの音がビートルズの力でよりポピュラーになった。

「でインドネシアはいつそうなるのかな?」とレオナルドは半ば挑発的に語った。

この挑戦に応じられるものが現れることを祈ろう。


原文:ヘルランバン・ジャルアルディ
掲載KOMPAS 22 July 2015 第16面


-MoonJune Records Web Site-

MoonJune Records がリリースした
インドネシアのミュージシャンによる作品(一部)
I Know You Well Miss Clara
Simak Dialog
Ligro
Tohpati Ethno Mission
Tesla Manaf
Dewa Budjana

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